V




   シンデレラの海森町食堂
   田群守山高月一寸法師
   白雪姫の森コトの海




         目次に帰ります 第2章に戻ります あとがきに進みます












  








   シンデレラの海




うそのような本当の話は
誰も信じないわ
ほんとのような嘘の話に
ついほだされたりして
真っ赤だとは限らない
ニセモノもあるのにね


素足のままで
跳ねっかえりのダンス
ひととき渚でたわむれて
あとはゆっくりメランコリー


できるだろうあんたなら
視えてくる夜は崩れるままの未来
聴こえる朝は死者を葬るカンタータ
観覧車の窓からは
ちっぽけなメルヘンが遠ざかる


笑っちゃいますよね
左の頬をぶたれて右手で握手
だれも履かないガラスの靴を
その気にさせて奪うんだから


ほんとのような嘘の話は
あとからゆっくり泣けますね



















   森町食堂




吉野家の牛丼を
ひっくりかえって頬ばれば
あはっ!
であいがしらの玉の汗
美味いまずいは問いません
喰らいつくことが冒険だなんて
くわっくわっくわっ
腹の底までストレート
満腹って文字はその通り
マナーを越えてしまいます


無邪気になれることは
懐かしいことでもありまして
あの頃のふたりはよぉく
手をつなぎあったもんでした
それでも
邪魔な奴って目でうとまれて
ほんのちょっぴり隅っこにいたりして
お目当てはあたしではないんでしょ
ピンポーン!
ほおっと力が抜けたとき
突然ですがとあらわれるんだから
このォ 叩(しば)いちゃろか
 

だまされたふりに
しっかりだまされている


冷えた麦茶と
漬けもののおかわりは
いつでも自由にどうぞ
だったよね



















   田群(たむら)




逸れていく感触を
楽しみながら
私達はゆっくりと
誤解を重ねてきたつもり
好ましいとおもう
あわいをすりぬけて
ほら、やっぱりじゃない
思いもかけないところへ
憎しみは届くものなんですね


はっきり言えば
それしきのことなのに
不用意に放たれた言葉が
放物線の頂点を
一気にすべりおりる


 お茶をどうぞ


さり気ない指先に力をこめて
その時は終わっている
意図を解いてむすび合う
踏みしだかれたものたちが
知らぬ素振りで起き上がる
何事もなかったようにが
本当のところ















   守山




駅舎の窓に
水平の月がぶら下がる
間に合うかしらね
背もたれのない椅子に
ぬくもりが残っている


これでいい
これでいいと見送って
あれで良かったのだ
とは言いきれていない


ゆっくりと冷えていく頃が
私の一番激しい時
ていねいに形を整えて
出来上がってしまってから
はじめて気付く
壊れものだったんだ



きみの思い通りにするといいさ
の君はどこにいるのだろう
背骨に添って肩甲骨あたり
鳩尾(みぞおち)の五センチ上ぐらい


そうやって
漠然と整えていくことで
納得が追っかけてくるのだろう
見えない場所へ
迷子のココロを招き寄せる


















   高月




半開きの窓へ
香りの一枝を投げ入れた
それと知るだろうか
背をむけて去る者たちも
両手をひろげて抱きあうものも
ひとしく
始まりのない終わりへと
流されている

絶つことはたやすいこと
あれは若い日の錯覚
「おとなしくしていなさい」
そう言い続けられて
私は強い意思をもった


「死んでもかまわない」
一瞬のぼりつめた感情を
なんと大袈裟な言葉で
飼いならしたのだろう


君はひとつの半島
二人の間には深い淵が横たわり
渡ろうとして私は崖から落ちた


軽い疲労のあとで
君はトマトジュースを飲みほした


始まろうとしても
終わらないもどかしさを
終わろうとしても
定まらない感情は
香りのようなものかもしれない
馥郁(ふくいく)と胸に吸い込んで
無音の夜へ放った


















   一寸法師




「あんたが一番」は
刺し身のつまよ
やさしいセリフは
敵よりきれい
我が身知らずの
うぬぼれ鏡
あんたのふところ毒針千本
飲んだあとから
吐き出す気かい
物見遊山でスタコラサッサ
鬼退治なんてしゃらくせえ
プン プン プンの肘鉄砲
当たって死ぬのは
隣りの他人
なんだかんだの続きが二丁
胸つき八丁 冷やっこ
とどめの一発
「あんたが大将!」
棒にふったか打ち出の小槌
いの・しか・ちょう

さくらふぶきは
花より団子
あたしゃ根っから
勇ましい


















   白雪姫の森




一途なんだね


樹木の枝先から
モールス信号がとどく
了解・了解 居所不明
不協和音がこだまする
晴れの日は
出ずっぱりの
おしゃまんブゥー
さみしがりやなんだから
いらっしゃい
抱っこしてあげる
プクプク太っているのは誰のせい


待ちきれなくて
雨もようの山づたいに
のこのこ
おしっこに出かけ
そのまんま


隠れん坊やは
まぁだだよ
ポケットのアイスキャンデー
すっかり溶けたら
あげるからね
ないものねだりは
欲ばりな証拠


耳をとじたら
 ― ごはんですよ −
するりと抜けていく
近道を知っている
あいつは悪いやつ


でんぐりがえって
おしゃまんブゥー
あしたからスカートはくよ

















   コトの海






 コトは抱き寄せると日向くさい原っぱの匂いがする。
 乱暴に両手を持ち上げて、伸びきったお腹に顔を埋めると、和毛が鼻孔をくすぐって、懐かしい情感が溢れてくる。
 いつだってそうだ。コトは私を満たそうとすり寄ってくる気配など毛頭ないのに、気紛れにさえ私は満たされてしまう。
 ご機嫌な時のコトは挑発的と思われるぐらい荒々しくじゃれてくる。
 じゃれながら爪を立てるから、私の手の甲には細いミミズばれが走る。
 今年の三月はじめ、延ばし延ばしにしていたコトの避妊手術を決心した。
 春先の、まだ朝夕の冷え込みに厳しさが残る頃、コトは家人が不用意に開け放した二階の窓から勢いよく表へ飛び出してしまった。
 発情して三日目の夜のこと。
 私はそれと気が付いて、綿入れをひっかけて探し回った。
「コト」「コト」「コトちゃん」と名前を呼びながら近所の路地伝いに、あっちこっち通り抜け、「もしや」と表通りまで探し歩いた。しかしコトはどこに姿を消したのか、ニャンとも鳴かなかった。
 あきらめて眠りについた夜中、外の気配にふと感じるものがあって、寝床から飛び出し、玄関へと向った。
 ドアを開けると同時だった。道路脇に置いてある単車のカバーの下から、そおっと顔を覗かすコトの姿がみえた。
 思わず走り寄ろうとすると、傍らから、ひょいと顔を出すもう一匹のネコがいた。
 グレーの毛並みが濡れたように輝いて、コトよりもまだ小さい、若いオス猫であると、すぐわかった。
「まあ」私は仲良く並んだ二匹を目のあたりにして、俄かに月の光の明るい夜であることに気が付いた。
 夜中の三時頃であろうか、月の光は冴え冴えと澄みわたり、夜ふけとも、明け方とも区別できない刻(とき)の底で、そこらあたりが妙に明るく輝いてみえたのは、若い二匹が束の間の恋を楽しんだ余韻のせいかもしれないなどと思った。
「コト」私が呼び戻そうとすると、コトは一瞬ためらったのち、私にまんまるい目を向けて、クルリと彼氏の逃げていった方へと、飛ぶ勢いで走り去った。
 それっきり、二匹は夜が明けるまで、もどってはこなかった。
 取り残されて、私は幸せだった。一時期の動物の本能であれ、恋に一途なコトの後ろ姿を目で追っかけるのは、なんとも甘く、口元のゆるむものがあった。
 一週間近い発情期が済むと、コトの日常はまた穏やかさを取り戻した。
 一晩限りの恋の逃避行に、コトはどんな思い出を残したのだろう。


    *******


 会いに行くと約束して、午後の遅い電車に飛び乗った。
 読みかけの本を閉じて、ホームを目で追うと、人波の間から、あいつの姿がみえた。と同時に、あいつの方でも私に気がついて「やあ」っておどけた笑顔を見せて、それからゆっくり真顔に戻り、我れ先にと乗り込む乗客のあとに続いた。
 あいつは今でも勘違いしている。私が気の強い女だと、そして意地っ張りだとも。
 それでいい。あいつの思う通りを演じてみせよう。涙は決してみせないでおこう。
 しかし、この名状しがたい感情をふっ切ろうとして、私はもがいていた。
 しだいに濡れていく身体が重かった。夢をみた翌朝は、ことのほか身体が重かった。胸の上に重ねて置いた両手が、目覚めの朝は、ひどくしびれていた。
 夢の中で私は二十歳。
 晴れ着を身にまとい、祖母の結んでくれる帯がきつすぎると、しきりに口をとがらせていた。祖母はそんな私におかまいなしに、「ふくら雀」の変形と思えるような華やかさに仕上げようと一心だった。
 しかし一瞬にして場面は変わり、晴れ着姿の私が立っている所は、誰もいない寒々とした部屋の隅だった。
 中央には四角いテーブルが、その上に何か置いてある。
「何だろう」
 それは女性用の化粧ポーチだった。
 中身が確かめたくて、手にとった。ポーチのファスナーを開くと、コンパクトと口紅がポロリと畳にころがった。
「どうしよう」うろたえていると、突然、赤ん坊の泣き声がした。ふりむくと、テーブルの横には、市松人形のような着物姿の赤ん坊がしきりにわめいていた。
 その時、どこからともなく祖母が現われて、
「おまえ、こんな所で何をしてるんだい」と烈しく私を叱咤した。
 夢はそれっきりである。翌々日も同じ夢をみた。
夢が意味するものは何だろう。ノオトにたわいもない走り書きをメモしている。


  発情する私にはエロスは感じない。
  閉じようとして開く目を
  今はゆっくりと
  醒めていくことに賭けている


一週間後、私はあいつと別れるために逢った。「紀伊国屋」まで、二人はずっと無言のままだった。多分そこらあたりの喫茶店のドアを押すことになるだろう。


      ********


 避妊手術を終えたコトは、まるで赤ちゃん返りしたように、「ミャオ、ミャオ」と甘えた声で鳴きながら私の側を離れようとしなかった。
 コトの身の内に何が起こったのか、コトは知るよしもない。
 それから数ヶ月、再度猫たちの発情の季節がやってきた。
 真夜中、近所のノラたちだろう。わが家の窓の下でうるさく鳴き続ける声に、思わずカーテンを引いた。
 みると、二匹の猫がしきりにこちらの窓にむけてラブコールを送りつづけている。
 足元に気配がして、ツーッとコトが近寄ってきた。抱きあげてもう一度窓の方へ近づくと、二匹は争って声を高めた。
 しかし、腕の中のコトは、二匹をみても何の反応も示さずに、ただ遠くをみつめているだけだった。胸の底から、はげしいものがこみ上げてきた。コトを強く抱きしめた。


SEO対策 ショッピングカート レンタルサーバー /テキスト広告 アクセス解析 無料ホームページ 掲示板 ブログ