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偏西風に乗って 
七夕
織姫
水月
迷子の空へ

海の家
海の雫
残月
月明
冬の暦
仕草がいい
半分でいい
普遍の桜
極みの花
夢殿
アルト

水鳥    
ギックリと   
ドロップス         
熱帯魚
恋人気取り
  
 




























偏西風に乗って



  揺れるにまかせて
  辿り着きたい果てがあった
  海とも山とも見分けのつかない
  混沌とした領域の深さ
  引き戻すことが私の意志であるなどという
  通り一遍のあきらめかたで
  わたしは未来を閉じた


  開かれた私の小さな広場で
  ブランコが揺れる
  往きつ 戻りつ 逆さまの空をうのみにして
  私はひねもす漕いだ
  太い二本の柱に支えられた私の飛翔
  ロープを握り締める私の腕がある
  鼻歌まじりの唇を閉じて私は現在に着地する


  偏西風に乗って
  中国大陸の砂漠から

  黄砂が飛来する
  途方も無い過去から風は吹いてくる
  黄色の砂塵が舞い上がる
  喉元までいがらっぽくて
  人々は大陸からの贈り物に耐える


  私は何に耐えることもなく
  わたしの小さい広場でひねもす
  ブランコを漕ぐ
  過去 未来 往きつ戻りつ
  安全に現在に着地する
















七夕

  夜の静寂が近づいてくる 
  一瞬前の残照を
  全身で浴びている
  誰も知らない
  遠くの岸辺で
  ひとり立つ

  声にならない言葉もあるように
  見えない糸で暮らしを紡ぎ  
  ひたすら 刻 を織り続けた
  とりとめのない会話や
  切羽詰ってつく嘘や
  愛別離苦
  怨情会苦を繰り返し
  人並み通り 冠婚葬祭も済ませた
  私は 私の歳月を身に纏う

  ピーンと張り詰めた細い糸を
  海の色に染めあげ
  秘と横糸に忍ばせる
  淡いまぼろしも
  垣間みた

  いつか
  ひとりで迎える七夕の夜
  深い闇の中で
  私の織機がピタリと止まる
  その時こそは
  向き合った歳月を脱ぎ捨てて  
  銀河の彼方へ会いに行く



















織姫


  日がな一日 機を織る
  風をはらみ
  流水にくぐらせ
  光を浴びてできあがる
  一枚の布を
  君に献上しようと
  移ろう花の季節も うわの空
  色鮮やかにしあがっていく布を
  夢に描き
  朝も 昼も 夜までもいってしまった

  待っててね もうすぐ もうじきだから
  二人を隔てる距離が 世界の果てであったとしても
  ためらったりしない
  きっと 君もそう思う
  同じ想いの懸け橋を架けていこうね

  気温三十七度の白昼をしのぎ
  日差しの色も陰り
  待って待ち続けた今夜こそ
  星明かりを頼りに さあ河を渡ろう

  たった一度の逢瀬のはずが
  なんという勘違い
  一日遅れの七月七日



















水月




 あまねく 光の束を 集めて
 樹木たちが 沐浴を始める深夜
 風の幽かな気配に もののけの影が散っていく
 死んだふりはしないでね
 たとえ肉体が消滅してしまっても
 忘れはしないよ
 君の記憶は 遠い距離を隔てて
 今宵 私に伝播した

 君は大人になりそこなっただけ
 ゆっくりと 還っておいで
 透明な羽を 背中につけて
 どこへ翔びたった?

 あした 夢の中で蘇る きっとね
 垂直に立ち上る 夜気に交じって
 空洞の声が 梢を渡り
 水面に宿る月が一瞬揺らぐ
 天地を逆さまにしても こんなにも紅い
















迷子の空へ





 頬を撫でる素振りで
 手のひらを返す
 思いがけないあたりで
 パーンと爆発音がする
 振り向けば誰もいない
 捜し当てたつもりになって
 いつも文字通りすんでのところで
 逃してしまう
 軒下には雀達が来て相変わらずの
 にぎにぎしさに口を閉じる

 風が無言で通り過ぎて
 窓の外へと放ったものが
 たった1つの宝物だったのか
 見極めがつかなくて
 遠くを見上げてる

 探し物は見つからない
 無くしたものに未練はない
 去るものは去れ
 欲しいものも欲しがらない

 心にもない約束事で
 時を費やすのはやめにしよう
 空の彼方に点在する比喩を
 今日からは鳥と呼ぼう
 雲と指さそう

 風にそよぐ木に方向を尋ねるのは
 とんでもない勘違い

 平らな時の狭間で無くしたものを
 空に浮かべて
 「お〜い」と呼んでみても
 なにも振り返りはしない
 連れ戻すこともできっこないさ








海の家


 たぶん須磨

 海上を奔る暗がりの船内で
 若い人たちは 向いあい
 遠くに思いを馳せている
 二人だけの時を
 こんなにも静かにすれ違う
 恋人と呼ばれる熱い関係を保とうとしない
 まるで違って愛の形を整える
 発情する指 目 唇が
 肉体を擦り抜けていく

 波に揺られて 心地よさが少し
 海から吹き上げてくる風に髪が荒れる
 こんなもんでどうだろう
 こんな感じかたでとりあえずね
 胸の底へ注ぎこむ水飛沫もなくて
 表層を滑り続ける肉体の関係は
 じきにできあがっちゃうんだよね

 背をみせて寄り添う若い人たちは
 ぬいぐるみよりも稚い感傷で
 軽々となぞるしかないのだ
 ありきたりに等しい関係で・・・・・・    












海の雫



 心持ち深いところから声が届く
 言葉にはできないなにかがあって
 「うー」といっても 「うー」と響く
 遥かに遠い日のことのようでもあり
 まっすぐに見つめるしかない今のようでもある
 あるはずのない音に触れた時
 耳では確かめられない
 見えないものはどうして探しだそう
 ガラスよりも壊れやすい永遠を
 いつまでも「有る」ふりをする
 うっすらと降り積もってくるのがわかる
 その場所へ向っているのか
 向こうのほうから駆けて来てるのか
 わずかに視界がさえぎられ
 そのちょっとした隙に
 みるみる足元を波が覆う
 「命運」と名付けるには
 あまりに儚い日常の繰り返しを
 そおうと忍ばせている











残月



待つあいだのことを 申しているのではありません
それと気がつかないように
あなたは 退屈のお顔をなさいます
おどけてみせても 駄目ですか
拗ねてみせても 無駄ですか
思いようのない心を 打ち明けるのですから
どのようにでもとは とてもいえません
それは それとしてあなたの心の中は
何に映せばよろしいのでしょう
いけないこととおっしゃれば
よけいに覗いてみたい深い井戸があって
水底に私はどのような姿で映っておりましょう
ひんやりと冷たい風が舞い上がり
髪のひとつも乱れます
だからといって
沈んだお顔もよろしくありません
あとで恥ずかしい思いをするのは
きっとわたしですから
ここにこうしているわたしが
ほんとうのわたしでないなら
どんなにか 饒舌になれるでしょうに
残りの月を背にして
あなたもわたしも貝の口を閉じたまま












月明



掬う袂があやういこと
爪先あがりに 逸れていって
上手に隠れたつもりでも
後の正面だあれ?
真っすぐに受けとめてはいけないのよ
誰もそんなこと 教えてはくれなかった
斜かいにかまえて チラッと見てしまった
ここで待った場所へと
いつか手を取り合って誘おう
来ればわかるはずだよ
嘘つきは 決して罪じゃないもの
ひと夜 月明かりにさらされて
待ち明し揺れている













冬の暦



明日こそ明日こそと怠惰な心をなだめながら
風が吹き荒れた夜は 風のせいにして
降る雨の日には 雨さえ降らなかったらと
つまんない言い訳ばかりが巧くなって
とまどっているのは 今朝の私
ゆうべの形に脱ぎ散らかした洋服がそのまま着れる
変わらないことなんてあるはずもないのに
日常の内側で普通どおりに時を運ぶ
油断をみせて君は眠り
獣を露に私は横たわる
たぶん
捨てきれなかった夢さえも
なにかの拍子に燃やしてしまう
冬は終わらないと思う




















仕草がいい



右手を首にあてがって
君は照れたように少しはにかんだ
もっと可笑しい話を聞かせましょうか
私はどんどん人格が変わるのよ
あの人の慌てぶりったらなかった
聞かなかったことにしててね
お互いに困るでしょ
それから暗闇の公園でなにをしたと思う
「おしっこ」ずいぶん我慢してたから
ほら去年みた映画のあのシーン覚えてる?
恋人の靴の紐を結んでやるところ
あの時の女優の表情がなんとも素敵だったよね
うっとりと風に任せているみたいで
あら別にあてにしてるわけじゃないから
うーんでも私ならさりげなく
彼の肩に左手を置いてみたいな

お腹すいちゃったね

























半分でいい


行く人を求めて どおするつもり
ちょうどの頃合を見計らって
君は去ってしまう
いつかはそんな日も来るだろう
いままでもそうだったよね
掴み合うほどの喧嘩をしたこともないし
かといって
買ったばかりの本がおもしろいからと
うわの空の相づちばかり
行く気もないのに「明日どおする?」
まだいちども行ったことのない街へ
ふらりと出掛けてみたいね
細い通りの続く露地裏に迷い込んで
二人で真剣に出口を探すのよ
たぶん私にはみつからないと思うから
ここで待ってる
私のいる場所まで戻ってきてね
すれ違ったりしないよね
半分は本気よ
それなのに君は 夜具を敷いて
さっさと寝てしまう
 



















普遍の桜


散る花びらも 咲く花も
束の間のはるの まぼろし
明るさに誘われて
ゆめは遠ざかる

さりげなく 滑り込む
風の仕草
ひねもす 眺めて
立ちつくす

あれをごらん
趣くままに振り向けば
咲く花びらも 散るさくら

降りかかるしきりのはなびらを
肩越しに見上げる
残りのさくら
















極みの花


まっすぐに行き着くところにばかり真理はない
視えないところで存在し続ける
なにか

木は揺れて風の方位が証される
ぎりぎりの境界線で踏み止まれば
「その」と指差す向こうへはもう届かない

花びらが風に乗って 舞い上がる

ふうわり ふうわり

君のポジションは何処?

定かではない存在の位置を
こんなにも曖昧に花びらが舞う

揺れながら私の深い場所で
目覚めている

風が止めば
たちまちに落下してしまう生は
掬うことさえ不可能にする














夢殿


橋掛かりを渡って
幽やかにお越しくださいませ
この世のものやら あの世のものやらと
永遠に定まらないものを
求めてどおなさいます
それよりは
わたしにおくつろぎ下さいませ
半月に開かれた
小袖を重ねてさしあげましょう
季節なら 五月も半ば
あやめの群生するあの池の畔で
新月を浮かべてお待ち申しております
生身のままで花は咲き香り
夜となく 朝となく
その時を見定めたように醒めてしまう
だから女は花よりもはるかに遠く
実を結んでしまうのでありましょう
まあ何があったかは
お互いに解りっこないことでございます
新月が雲間に隠れる薄闇も
風流な趣向ですこと
つと立ち止まり傘を傾ける
相合傘の道行きに 
胸底の深いところで白い骨が
かすかに軋む音を立てております
















アルト


雲の刷毛目にも思いなしか宿る気配があって
不意に誰かに伝えたいことなどが浮かんだりする
「こんなんじゃあ駄目だよね」
そういって問い掛けてくるあいつは
たっぷりと自信のあるところを裏返す
いつか本当のことを言ってやろう
「そうさその通り君は駄目」
これでけりが着くのなら
世の中は単純すぎる
こころなしか途切れそうで
途切れない雲の行方
どこにもあるはずのない場所を
探してゆっくり歩く

雲の有り様にも低迷する気分というものがあって
ここらあたりが 思案のしどころ隠しどころ
「青天のへきれきです」
言い訳はあれこれ口数を増やすより
端的に一番うまく辿り着ける
手の内を見せてあいつは何度でもつけあがる
自己愛の強さで私は何度でも溺れてしまう
もつれあって もたれ掛かり 寄り添いあって
いよ!ピヨコタンといい勝負












水鳥       

言葉もなく憧れとすれ違う

より自分らしくと
自然に振る舞ったつもりでも
どこかに力こぶを溜め込んでいる
すなわち
等身大の私ってことは
ひとつの風景の中の
コチコチに固まった部分

単に流されているだけの人が
自由に泳いでいるように見える

鼻先であしらっている
単に自信過剰なだけの人に
卑屈を装ってしまう

たかが・・・・・と
開き直りを決め込んでも
十分通じる世代なんだから
見えない先から身構えるのはよせ

ドドーンと一発
火柱を吹き上げろ

遠景に浮かぶスマートな憧れを
目の端で追いながら
今朝も疾走る
       



















ギックリと

雨上りの横断歩道はまたもや赤信号
元町からの坂道を何度もストップかけられて
街灯の向うでは発車寸前の車たちがスタンバイしてる
この期におよんではためらってなんかいられない
夜目にも明るい黄色い傘振りかざして強行突破
急ぎ足に自信はある ざまあみろ 滑り込みセーフ
まんざらでもないじゃん
灯りにたむろする若者たちを
「ちょっと どいて」とかきわけて
コンビニのおにぎりを二個買った
フー なんとか約束の時間に間に合いそう
一歩を踏み出したその時右膝に突然の激痛が走る
信号無視のしっぺ返しが・・・・・
まさか こんなことあり?
激痛する右膝と私との間のいきなりの関係に
正直に耳を傾けてみると
肉体の持ち主である私へのささやかな要求がとどく
認めたくはないけれど
私の身の内にも日々新たに芽吹くものがある
逆らった代償の激痛する右膝を
坂道の途中に立ち止まり
両手でゆっくり撫でている






















ドロップス


「ドロップスあげる」といって
加奈ちゃんはきまって白い色のドロップスをくれる
実はわたしもその白いのだけが苦手で
「違うのが欲しい」と
加奈ちゃんの手の中にあるカンカンの中を覗き込む
頭をくっつけあって
わたしと加奈ちゃんの攻防が続く
わたしが負けてしまうと
加奈ちゃんはごきげんで
私は不機嫌
白い色のドロップスは
スースーと冷やっこいだけで
ちっとも甘くない
でも
わたしだってサクマのドロップス
持っている時あるんだ
そして一緒に遊ぶ時は
わたしも加奈ちゃんに
「ドロップスあげる」
と白い色のしかくれてやんない
わたしはご機嫌
加奈ちゃんは不機





















熱帯魚

BGMはショパンの「別れの曲」
背もたれの横に並べられた
観葉植物の葉っぱの緑が滴っている
窓からは海が見下ろせて
壁ぎわに掛けられた一枚の絵はカシニョール
いつか 別れのドラマは
このシチュエーションで演じられるはずだった

ものの弾みってこともあるよね
私が振るはずだったあいつに
なんだ素敵な彼女が寄り添っているじゃない
「ご飯食べた?」この台詞も不要
「星を見に行きますか」気障な誘い文句も出番なし

思い込みの激しさで突っ走ってきたのに
不意に幕が下ろされて
とり残された主役はどお演じればいい?
二幕目には続きがあって
私はうんと うんといい女になって
笑顔でさようならするはずだったのに
ショパンの別れの曲を聞きながら

新開地の「にんじん」で
ひとりオムライスを食べた
カウンター横の水槽に緑の藻が殖えて
夏を越した熱帯魚が鋭い目付きで私を睨む
ひらひらとお衣装だけは派手なこと
流し目ぐらいくれたっていいじゃない
仕方がないから私はひとり
伝票を受け取ってさっさと勘定を済ませた

























恋人気取り


挙げ句の果てに
すがりつこうと悲鳴をあげている
どうやって辿り着けばいい?
もといた場所へ
せめて 冬の季節が来るまえに

らしく思えるものも
恋情と言い切ってしまえば
あまりにも現実的すぎて
戸惑っている様子をそのままに
危うさをくぐり抜けてきた

らしく見られるよりも
ひそと隠して在るほうがそれらしい
色めく情感を溢れさすまいと
胸のあたりで掌を閉じた

らしく振る舞ってもいいよ
ままよ どうにでもなれって
息を呑んで飛び込んだつもりが
不在の恋は終わったばかり

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