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未踏の朝傾ぐ海未完の鳥
マジック立冬まぼろし花影
残る恋帰る舟予感
眠る月浮かぶ瀬再来

 


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   未踏の朝




ゆめのかたちに
朝がひらく


ひとつ

 ふたつ

  みっつ


わけもなく
なぞっていく指先に
はじらいがとまる


重なりあって
胸の鼓動を
確かめたのはわたし
君に触れて
眩しい、という言葉を
はじめて持った
くちびるをあてると
君の体温が
じかに伝わった


あやまちであるなどと
どうしていえるだろう


何万年もの間
ねむりつづけた小石を
君はだまって差しだしてみせる
ただそれだけで
非在のわたしに
未知の痛みを残しだす




















   傾ぐ海




”逢瀬 ”という
おぼろを渡り終えて
潮見坂からの夜を
歩いて帰ります


踏み込んでも闇
退いてもの闇へ身を投じ
不意に襲いかかる飛沫に
何度も溺れかけながら
波立つ心は足の先までも


風に吹かれるだけでは乱れてしまう
掬い取ろうとすれば逸れていき
押しとどめようとしても
波紋はどこまでも広がって・・・


引き潮が満ちて
満ち潮が引いて
風も凪いだ
穏やかな海面に
心もとないばかりの余情です


潮見坂から見下ろす海は
水平のバランスを失って
少し傾いでおります




















  未完の鳥




風をはらんで
しいの木が揺れた


すっくりと立っている
うしろ姿を重ねて君を抱いた


恋よりも近しい感情に染まりつつ
ためらいを脱ぎ捨てる


育つものであれば胸から
両手は添えず伝えたい


たとえば
受話器のむこう
呼び合う魂が
ひとつに重なれば
迷いはすぐに消える


君の求めているものが
胸底に隠されているのなら
ひろげてみるがいい
血も肉も
骨さえも添えて
切りとられてもかまわない


と、育つ鳥を
四角い窓に閉じこめた


愛という錯覚を裁かれるために
私は私を脱ぎ捨てる




















   マジック




グラスをひとつ置く


だから君
水音を注いで欲しい
溢れるばかりの水しぶきを
耳に伝えたい
乾いた喉を潤すのは
ただの透明な水


寒いと感じるのは
私が両手をひろげたままだから
せめて胸があったまったら
ゆっくりと泣くわ


それまでは君
水音を注いで欲しい
求めるものが何もなくて
乾いていくだけなんて
淋しすぎるでしょう


錯覚をきかせて





















   立冬




明日へとめぐる
時のかたすみで
浅い眠りの糸を紡ぐ
なんともあやうい
頬をかすめ
白い風が吹く
記憶とおぼしきものに
冷たい息を吐きかける


恋しい夢中の時には
なにも入ってはこなかった
打ちかえし 撥ねかえし
ピタリと閉じてしまった
扉の内側で
ただひとつ
ただひとつだと
少しの隙間も拒む耳に
愛などとは
互いを隔てる
距離にしか過ぎなかった


言いかえれば
たちまち嘘になる
そんなひとことが欲しい


窓の外に宿る
凍る月に背をむけて
ただひとり
比喩を脱ぎ捨て
骨になる




















   まぼろし




夢を
きりりと結び終えて
一葉のむくげが散った


細い幹に手を触れて
私の血を通わせよう
芯までも白いむくげに
かすかな紅をさして
彼の人のもとに贈ろう


 ー うしろ姿が好きです −
憧れは未完の夢だから
背伸びをしても届かない
たおやかにしなる一葉を
手折ろうとして
幾度も曲げた指先が痛む


それでも
明日は取り残される
夢見心地の私の姿は
痛みやすい花びらの
せいにすることだってできる


横顔をみせて
キリリと散った
朝のむくげ
遠い足音が私の耳に残る




















   花影




花の文字にも
うつろがあります
片手を添えて
そおっと掬うはずでした
花びらがこぼれると
視界が乱れてしまいます


重力もなくして
散ってしまう一隅の
そこだけが明るいのは
存在のあかしです


何もかもが
失われたあとで
気がつくのでしょう


花びらに囲まれて
幹に触れたと錯覚するのです
空へ空へと伸びていく枝は
もう私の手の届かない
あんなに遠いところまで


ひとりで眠るしかない夜を
せめてあなたの方へと
たぐり寄せ
終わってしまうことで
はじまる朝を
なんの口実もみつからないまま
闇に浮かべております





















   残る恋




通りすがりの
激しい雨がやんだ
耳をすませて待っている
雨脚の遠のいていく彼方


距離をはかることで
確かめることができれば
それはもう終わってしまっている


「くちづけは一瞬の嵐」
ただ一行書いた
日記帳が
ありありと目に浮かぶ
十九の夏は短かった


  ねぇ恋は
  不意にやってくるのでしょう


  遠くから
  やってくるんだよ
  うんと遠いところから
  静かにね


はるか冥王星の彼方から
光がとどく
そんな予感を
君はみつめている


耳をすませても
わからないものがある
君のはかりしれない未来と
私の行くあてのない明日は


日常をずらして
結びあう恋を
流されるままに
地平へと私は運ばれ


時空を超えて君は翔びたつ
見えない果てから
降ってくる光の破片が
私のなかを貫き通す




















    帰る舟




流れていく方向に
存在の意志をそわせて
内部へと沈める海
舳先を濡らす波があふれて
私の足指を伝う
ひとしずくを
口に含み
塩辛さを舐めてみる
にがい想いだけが残る


愛という名詞の正体を
暴いてみれば
のような嫉妬心や猜疑心
独占欲などという形容詞
君は私を嘘であざむき
その時私は無惨に吐いた
茫洋と広がる海の果て
現に漂いながら
空っぽの私に帰る




















   予感




このままでゆくと
とどまるところを知らない
そんな予感を
一人合点で決めこんでた


  風は
  いつも
  まぼろし


吹いたあとから
なあんだって笑えるのよね


花は一輪で咲き誇っている
言葉はひとつでひっくりかえる
だから愉しい話にも
不覚の涙が出てしまう
どんなに嘘を重ねても
欲しいものはただひとつ
欲ばりな心だけが正直で
御しかねている
とらわれようとしたのではなく
通りすぎただけかもしれない
木枝の先を
ほんの少し揺さぶって




















   眠る月




そよぐのだろう
傾いだままに浮かぶ
歳月がいとおしいから
ふり返りはしない
まっしぐら
君をめがけた夏に
あづけておこう


揺れる影と背中合わせ
午前零時を通過する
沖合いの船を
眺めている


君が私に寄せる仕種は
たあいもなく明るすぎ
息づかいが伝わる距離こそが
私だけのものと
自惚れてしまっていた


奪ってほしかったものは
何も奪おうとはせず
君は私をファイルに綴る


追っかけることはないだろう
内部で育つ不在の夢を
月並みな願い
だったかもしれない

なだめて眠る
夜にあずけて




















   浮かぶ瀬




あんたの風が吹く
夕暮れ時の海を
タイトルに決めよう


淡いブルーに
紫を重ね
そう
できるだけ漠然と
私色に仕上がる前に
ぬりかえてしまう


沈みかけの残像を投影する
オレンジの海
一瞬の華やぎは
容量無限の海底にしのばせて
せめて三年の後ぐらい
「うふふ」って笑えるかもしれない


繰り返し連動する波に
身を任せられればしめたもの
溺れてしまうのはあんた
あたしはただ揺れているだけ


淡いブルーを
紫に染めながら
薄明かりの闇に
身をすてにゆく




















   再来




その時がくれば
きっとね


きっとのあとにどんな別れを
告げるはずだったのかしら


フェンスのむこうにひまわり畑
半ズボンの虫取り少年が
後ろ姿を残して駆けて行く
だれも見えなくなった往来に
陽炎が揺れている


少しずつ遠のくものを
君に返そう
二十七センチの靴音
Lサイズのシャツのにおい
右下がりの癖字の手紙


まひる時
木影のベンチで涼しんだ身体が
残照の頃じんわりとほてりだす
おぼろげな夢の気分では
私たちのことはもう語れない


二人の間には
存在する比喩さえもなくなって
お互いのすれ違いを
はっきりと見定めることができた


ありがとう
惚れた強味ね
別れに踏みとどまることもなく
やっと君へのあいさつを
送ることができる


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